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大光山霊源寺 Last Updated 2018-09-10

【行事案内、ご報告

秋彼岸大施餓鬼 9月26日(水曜)

平成最後の年、様々なことがありました。
人一人の力はかくも無力、ともどもにお念仏の声を響かせ
人と人が支えあう力といたしましょう。

本堂、境内の改修工事が完了しました。
心機一転、新たな気持ちでのお参りをお待ちしてます。

外観 - Spherical Image - RICOH THETA

【納骨堂のご案内】

[都心の静寂・安心なご供養]
永遠の地 納骨堂「博眞閣」 五反田に誕生

博眞閣の特徴
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【寺報配布のお知らせ】

 寺報の第九号を配布いたします。LinkIcon


 既刊 一号二号三号四号五号六号七号八号


品川区荏原。
 この地域一帯は、古来、戦場ヶ原と称せられ、戦国時代はしばしば戦場となり、戦死や疫病による死者の遺体が散乱していたと伝えられています。

 江戸時代初期、浄土宗の僧、林譽霊源和尚はこの地帯を行脚され、遺体を集めて浄梵供養し、堂宇を建立され、その号を「諸宗山霊源寺」としました。

 その後、本堂裏山において火葬が行われ、「荼毘寺」「火葬寺」「無縁寺」として伝承されてきましたが、大正の初期、その職務を東京博善株式会社に譲渡し、その地は現在の桐ヶ谷斎場となっています。

 昭和元年、渡辺眞海上人が住職となり、以降は法縁の新谷寛應上人、渡辺眞澄上人が住職を継ぎ、昭和58年、渡辺眞海上人の弟子にあたる太田隆賢上人が住職となりました。

 この時に、老朽化した本堂客殿が新築され、現在の姿となり、現住職の太田眞琴上人へと受け継がれています。境内には、歴代上人の墳墓、ならびに無縁万霊供養塔があります。

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